【 変色 】

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「私の荷物は無事ですか?」 「……あっちに、ありますから、大丈夫です」  一か八か流れで聞いてみたけどちゃんと答えてくれた。  もしかしたら本当はそこまで悪い人じゃなくて、今は自暴自棄になっているのかもしれない。 「重たかったでしょ?」 「……重たいお鍋ですね」 「リュックの中見ちゃったのね」 「……確認させてもらいました」 「早く持っていかないといけなかったのに」 「……すみません」 「煮込み料理は好き?」 「……得意なんですか?」 「得意ってわけじゃないけど、この鍋を使えば誰でも短時間で作れるよ」 「……そういえば、しばらくそういうの、食べてないな」  私との他愛もない会話で緊張がほぐれたのか、こわばった男の表情がほんの少し緩んだ気がした。  私の実家の周辺には街灯なんてものは無いから、夕方になると外は真っ暗で。  高いビルなんかも建っていないから、夜は空一面キレイな星で埋め尽くされる。  少し歩けばキレイな川もあって自然豊かで空気もキレイで。  両親は優しくて、町の皆も親切で、気の合う楽しい友達もいて。  自分で言うのも恥ずかしいくらい、私は素晴らしい環境で育った。  この男が私と同じ立場だったら、きっと違う生き方ができただろう。  傷付いて苦しむことはなかったし。  正しい人間になっていたかもしれない。  たった一つ、生まれた場所が酷かったというだけで、男の心は壊れてしまった。  運命とは残酷だなと思った。 「私を、助けてくれますか?」 「……」 「リュック返してくれますか?」 「……」  男はうつむいたまま部屋を出ると、私のリュックを持って戻ってきて何も言わずに返してくれた。とにかくサプライズが無事だったことが何よりホッとする。  もしも鍋の蓋を外されていたら、何もかも終わってしまうから。  不自然なくらい重たいのに荷物をよく調べないなんて、うかつな人。  女の子を連れ去って解体しようと企むくらいなのに、隙だらけだなと思った。  やることは大胆だけど計画性が全く無くて、悪いことをするのが初めてっていうのは本当なのかも。  スマホもサイフもちゃんとあったし、家に帰してもらえればそれでいい。
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