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予知夢
私は、物心つく頃にはすでに、予知夢を見ていました。
簡単にご説明すると、そのままの意味で、ちょっと先の未来の様子を夢で見ることができるのです。
それは、ほんの数分程度の、切り取られた日常の断片の光景です。
そう、まるで、ふいにスマホのどこかを触ってしまったときに、思いがけず動画がとれてしまったような、そんなたいしたことのない光景の一部なのです。
その光景の中に、自分自身は出てきません。
なぜならその光景は、私の目を通して見ているものだからです。
例えば、小学校のグラウンドで体育の授業をしている光景。
空は青く快晴で、空気は乾燥している。
自分の視界の左手には、クラスメイトの女の子が二人いて、昨日見たテレビ番組について楽しそうに話している。
中央右側では、グラウンドに白い粉でラインを書こうとしている先生がいる…。
そういうシーンが、ただ単純にそれだけフッと見えて、そして消えて、次の夢に切り替わるのです。
かつての私は一度眠ると、一晩でいくつもの夢を見ました。
ほとんどの夢は、一般的にありがちの荒唐無稽なもので、不思議な力で空を飛んだり、悪い怪獣と戦ったりするようなものです。
そういう夢に混じって、一瞬だけ雰囲気の違う…現実的な夢が顔を現すので、ああ…さっきのあれは『予知夢』だったんだなと、目が覚めてからすぐに理解できたわけです。
そういった、どうやら『予知夢』らしいと感じた夢は、実際、見たあとに一ヶ月から一年の間で、現実の光景となりました。
ああ、どこかでこの光景見たぞ…と思うと、それは前回見た夢だった、というわけですね。
そんな『予知夢』を定期的に見たりしながら、私は普通に成長していきました。
私にとって『予知夢』を見る、ということは、当たり前…というか、特にそれほど意識もしていない生理現象の一種でありましたので、中学生になるくらいまでは、これが特殊なことであるらしいということに気づきもしなかったのです。
ふと友人に向かい「ああ今のシーン、前に夢で見たわ」などと言って、相手がおかしな顔をしたりするのを見るようになってから、おや…もしかして『予知夢』とは、皆が見るものではないのかな? と、悟った次第なのです。
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