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「はい」
美玲が僕へ本を差し出した。添えられた笑顔は、あまりに無垢なものだった。
僕はそれを受け取り、彼女の期待に満ちた視線を横顔に感じながら、もう一度はじめから読み進めていく。
混乱した頭でも読めるくらい、単純でありきたりな、何の山も谷もない話だった。
美しい桜井美玲と平凡な佐藤正が、ただ愛を重ねていくだけのストーリー。
初めてのデートで行った海の見える公園。残業中、机の影で隠れてしたキス。美玲に言われて飛び上がるほど嬉しかった言葉。
“本の中の正”は、本の中の正のくせに、僕と全く同じようなことを思い、感じていた。
たとえ、全てがこの本の通りだったとしても、美玲がただこの本と同じように動いていただけだったとしても、美玲の僕への想いがただこのストーリーをなぞりたいがために作られたものだったとしても、僕は違う。
僕の想いは、違う。
僕のこの想いは、フィクションなんかじゃない。
僕のこの恋は、ノンフィクションだ。
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