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交差点の角を曲がると、小麦の焼ける甘い香りが私の鼻をくすぐる。
引き戸を開け放って飛び込むと、その香りが今度は全身を包み込んでくれる。
「いつものありますかー?それと、今日はコロッケパン1つ。」
「あーい、丁度焼き上がるよ。希ちゃんはほんと好きね。」
「いやー、他のも嫌いじゃないんだけど、おばさんのトコに来ると、やっぱコレにしちゃうよねー。」
そんな会話をするのも、もう何年目になるっけ。
私がここのパン屋さんに通うようになったのは、
母と2人暮らしするようになってすぐの事だったから、
少なくとも10年近くになる。
家と駅の間、お母さんのパートの行き帰りのちょうど通り道に有ったから、
お母さんがお土産で買ってくるようになったのが最初だったかな。
冷めると固くなってしまうし、形が時々不揃いだったりするんだけど、そのちょっとイビツだったりするところが、いかにも”手作り”って思えるから、スーパーやコンビニで買うパンよりも、なんか安心して食べられる。
あっちで買ってくるパンより中が詰まってる気もするし。
しばらくして、私も行ってみたいとお母さんに言って、連れてきてもらった時。
私はこのパン屋さんの本格的なファンになってしまった。
お母さんよりもだいぶ年上、おばあちゃんといえるくらいの女性が、小麦の粉から生地を練り上げ、いろんな形に変幻自在に操り、焼き上げていく姿が、まさに魔法のように見えたのを、今でも忘れない。
今こうやって見ていても、ホント感心しながら眺めてしまうくらいだ。
クイニーアマンという、甘い菓子パンが並ぶようになってからは、私はこのお店に来る度に買っている。
母もそれを知っていて、時々家に帰ると台所に置いてあったり、買って帰ってきてくれたりもするので、時々重なってしまうこともあるけど、それでも気がつくと食べきってしまうのだ。
もちろん普通のロールパンや、クロワッサンなんかも食べるし、メロンパンとかチョココロネ、コロッケや焼きそばの入ったお惣菜パンも好きだけど、
ベッコウ飴みたいになった砂糖のカリカリしたところと、中の柔らかいところのギャップがなんというか。
「お母さん、もしかして今日来てたりします?」
「んー、今日は見えてないかしらねぇ。」
「そう、良かった。...じゃあ、こっも貰っていくわ。」
後でお母さんと食べる分も買って、家に向かって歩きだした。
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