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「懐かしいわね。最初にあの人が私たちを手に取ったのは予備校の寮にいたころでしょ」  香苗が場を仕切り直すように、あえて明るい声で言う。 「ほら、あのころは寮に帰りさえすれば食事は出るから食うに困らないと言って、無理して本を買ってたからなあ、あいつ」  兵頭もそのときのことを思い返しているようだ。 「あのバカ、定期が切れておるのを忘れて、わしらを買ったおかげで三駅分歩いて帰ることになったんじゃったな」  亮之介翁の目にはきつい言葉とは裏腹にうっすらと涙が浮かんでいる。 「覚えてらっしゃる? いろんなところにご一緒させていただいたのを」  小百合が微笑んだ。
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