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「ああ、学生時代に鈍行の東海道線で帰省するときもそうだった。長い移動があるときはいつもだったな」
高遠が小百合に寄り添った。
「そう、あのときもじゃ。途中の国府津止まりの電車に乗ったのはまあいいとして、読みながら向かいのホームの電車に乗り換えおって」
翁が苦虫を噛み潰したような顔した。
「まさか御殿場線に乗り込みおるとは。まったく呆れ返る粗忽者じゃ」
一同がその言葉に笑いさざめく。笑い声には暖かいものがあった。
「妙だと気づいた駅で慌てて降りたけど……単線だったから帰る電車がなかなか来なくてよ」
康孝が腹を抱えて笑う合間に苦しそうに言った。
「愚か者め、どうせ沼津でまた乗り換えられるというのに。そのまま乗って行ったほうが早かったんじゃ」
翁が憮然とした顔を作って言った。
「あら、おかげで春先のぽかぽか陽気の中、静かな無人駅でゆっくりと読んでもらえたと喜んでいたのは、どなたでしたっけ」
小百合が悪戯っぽい目を翁に向ける。
「ふん、付き合いきれんと言ったんじゃ」
闇の中に暖かく充実した沈黙が続いた。
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