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「そろそろ『無くなった』ほうがいいのかもしれませんね」  須佐がぽつりと呟いた。  誰も答える者はない。皆同じ『モノ』なのである。ひとりの想いは共通認識でもある。 「手垢がついてるし、角も擦り切れてるし、決して扱いのいい人ではなかったけれど、これだけ長く読んでもらった本も珍しいんじゃないかな」  徳田刑事が言った。 「ナナメ読みでチェーンの古本屋に送られる連中よりは随分幸せだったぜ」  康孝が寂しそうにため息をつく。 「おかげで僕たちもこれだけの自我を持てるようになりました」  探偵は一度として満足に結べたことのなかったネクタイをきちんと結び直した。 「あやつのことじゃ、『無くなった』と知れば、またぞろ同じ本を買い直しかねんぞ」  背を向けた翁の声が塩辛く震えている。 「次の僕たちもきっと大切に読んでもらえますよ」  須佐が翁の肩にそっと手を乗せた。
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