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「す、須佐さん! その本は……」
「ええ、高山警部、この本こそが、亮之介翁が自費出版したのち、すべて回収し徹底して焼却処分されたとされていた『今師直日記』の一冊です」
須佐はずり落ちかけたセルロイドの黒縁眼鏡を指で押し上げながら、その本を集まった人々の前に掲げた。
「どこに、そんなものが」
亮之介翁の三人の孫の中で唯一生き延びた康孝が膝を乗り出す。
「これは、英雄色を好むと名高かった亮之介翁の三番目の妻、小夜さんがこの家を追われたときに、せめてもの思い出にと密かに持ち出したものです。小夜さんは今でも岡山県の山奥でご存命でした」
「それでは、あの暗号の謎は解けたのですね」
重要参考人として指名手配されていた兵頭が、端正な細面に朱をさして叫び、立ち上がろうとした。慌ててその脇に控えていた徳田刑事が取り押さえる。兵頭の手にはまだ手錠が掛ったままである。
「ええ、残された断片からではどうしても読み取れなかった事実が浮かび上がってきました。キーになったのはやはり数字とページ数の符合、そして和歌に隠された意味にあったのです。ああ、僕が題名から『太平記』や『仮名手本忠臣蔵』などに気を取られさえしなければ、ヒントはあったのです」
須佐が頭を抱えた。
「それで、あの暗号はどんなことを示していたのです?」
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