1.心掴まれた日

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開演前のブザーが鳴り響く。 (あ、) ガヤガヤとした音が……消えた。 音楽と共に緞帳が上がる。 瞬間。 音と照明が私の中に世界を形作っていく。 初めての感覚。 心を掴まれるというのはこういう事なのか。 あぁ!!!物語の世界が私の前に現れた! 音楽に合わせて広い舞台の上で役者たちが踊る。 手の動き、立ち姿、視線、全てが私を魅了する。 舞台の上には私が立ち入れない物語の世界が存在していた。 キラキラして見えたのは、きっと照明のせいだけではない。 緞帳が降りても私の心は舞台の上にあった。 周りが少しずつホールを出ていく。 「帰ろう」と母に促され、私もホールを出る。 ガヤガヤとした音が戻ってきた。 いつもは気になってしょうがない音。 けれど、その時の私は音も気にならないくらい舞台に魅せられたままだった。 「楽しかった?」と母が私に尋ねた。 私は「綺麗だったね」と答えた。 母は少し首を傾げて、笑っていた。 その後、学校の芸術鑑賞会で舞台鑑賞が何度かあった。その度に私は舞台に魅せられる。 お芝居を見ている間はガヤガヤとした音も私の周りから消える。 いつしか、舞台の上に立ちたいとすら思うようになった。 けれど、そんな機会は簡単に訪れるはずもなく、私からなにか行動に移せる訳でもなく、時間は過ぎていく。 ……私の人嫌いは酷くなっていた。 舞台の上の世界は音で、証明で、舞台セットで輪郭を作り出され、役者はその中で生きていた。 完成された舞台上の世界。 そこに立ちたいた思った。 けれど、私は現実の世界でも立っていられなくなった。
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