「黒い本」

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 敵の砲撃は払暁から始まった。鉄の暴風はたっぷり三時間は吹き荒れて、ありとあらゆるものに破壊と死を振り撒いた。  兵士カレルは、魂魄すらも粉々に打ち砕くような猛砲撃にただ耐えていた。塹壕の壁面にピタリと体を押し付け、銃を抱え、嵐の過ぎ去るのをひたすら待つ。  やがて、砲撃が止んだ。死体と残骸の傍らで、やれやれと体を伸ばす兵士たち。カレルは重い鉄帽を脱ぎ、泥だらけの顔を拭いた。  隣にいたジークムントが煙草に火をつけて言う。 「こう砲撃が酷くちゃ、クソもションベンもできやしねぇ」  しかし、彼らが休息を楽しむことはできなかった。誰かが悲鳴のような声で叫ぶ。 「着弾口から紅い霧が出ている! ガスだ、毒ガス弾だ!」 「防毒面を着けろ!」  ほどなくして、塹壕を紅い霧が満たした。フランク王国軍の魔法技術の産物、フランボワーズ・ガスである。可愛らしい名前とは裏腹に、このガスは甘い果実の香りを放って、全身のあらゆる細胞組織を急速に腐敗させる。
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