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『それは一冊の本から始まった』  何気なく手にした本は、小説なのかビジネス本なのか自伝書なのか、タイトルだけでは判断できなかった。だいたいジャンル別で分けられているはずの本棚に不釣り合いな、真っ赤な装飾の目立つ本だ。  本を開くと、そのページにはタイトルと同じ一行が、余白の真ん中にぽつんと書かれていた。思わず閉じて裏返す。あるはずのバーコードはなく、ただただ赤い本だった。これはあとがきから読むべきだと、あたりをつけてページを開くと、やはりそのページには同じように余白の中に一行だけ、同じ言葉が書かれていた。  なんなんだ、と訝しく思いながら、それでも興味が失せないのは本好きの(さが)なのか、読んで攻略しないと気がすまない気性のせいなのか、メガネをくいっと持ち上げて、手近な席へ移動する。  午後の図書館は、穏やかな光が満ち溢れているのに、選んだその席だけはまるで光が届かないような薄らぼんやりとした濃淡の世界に包まれて、どこか寒々しい。他の席を探すことすら煩わしく時間の無駄だと感じてしまった彼は、切り取られたような静寂が満ち溢れるその席で、もう一度ページを捲った。  それは一冊の本から始まった。その言葉を後に、次のページを捲る。ドキドキしているのか、わくわくしているのか、期待が膨らんだ次のページには、何の文字も書かれていなかった。え、とも、は、とも聞こえる奇妙な声を自分が発したような気がした。それがどうだったのか、確認するすべは、次の瞬間にはもうなかった。
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