そんなところに惹かれたんですけどね

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「それでさ、」 友達が言った瞬間。チャイムが鳴る。 あ、という顔を見合わせ、少し笑った。 それを合図に、友達は前を向いた。 私も、前の教壇を見据える。 周りはまだ、スマホをいじったり机に突っ伏したり。 先生は、まだ来ない。 看護学校に入学して、初めての冬が来た。 1年生の後期から病態学の授業がはじまり、徐々に専門性が増してくる時期。 それぞれの教科名に、期待感と優越感を覚える反面、専門分野の難しさを痛感する。 私には、周りみたいに、「看護師にずっと憧れてた!」なんて大層な志はない。 ただ単に、進路を決める時に、なんとなく医療系がいいなと思っていた。 そして、当時の学力でも合格しそうな看護学校を見つけて、入ることにした。 講義の内容は、つまらないものじゃない。 元々、医療系という分野に憧れがないわけじゃなかった。 だから、楽しいと思える部分もある。 ただ、周りよりもイマイチやる気に欠ける、とでもいうのか。 どこか周りと熱量がズレてる感じが、なんとなくわかる。 今日から開講するのは、脳神経の病態の授業。 月に1回、本当の脳神経外科医が講義にやってくる。 ガラっ。 チャイムから3分遅れで、先生はやってきた。 少しふわっとした髪の毛。黒目が大きい目。 ボタンをきっちりとめた白衣は、裾のあたりにシワがついている。 号令がかかり、礼をしてから再び座る。 先生は、黙々とパソコンを準備した。 しん、とした時間が、数分訪れる。 講義のスライドが、パッとスクリーンに映し出された。 講義は、ほとんどの先生がスライドを使用して行う。 「脳神経を担当します。奏 啓一です。北病院に勤めています。専門は脳です。」 淡々と、自己紹介をした。 かなで、という苗字は、私が生きてきて19年間で初めて会った苗字だ。 一文字の苗字。 名前みたいだ。 私はなぜか、先生の苗字に、惹かれしまった。
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