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「ねぇ。脳の先生のことだけど。」
昼休み。
いつものようにお弁当を食べていると、友達がそう切り出した。
いつも先生の話をするのは私から。
珍しい。
「奏先生? 」
「うん。あの先生さ、北病院にいるんだよね? 」
「そう言ってたけど。」
「なんかね、あの先生、移動になるかも。」
え?
「え、いや、まって。え? なんで? 」
「いや、わかんないけど‥。母さんが言ってた。」
「お母さん?」
「うん。あれ?言ってなかったっけ? うちの母さん、看護師。北病院で勤めてる。」
「あ、そうなんだ。知らなかった。」
「うん。」
「え、まって。え? いつ? 」
「詳しくはわかんないけど。来年の4月にはいないと思う。」
うそ。
先生、北病院じゃなくなるの?
「‥どこ行くの? 」
「噂だけど、都内の大学病院。なんか、脳で有名なとこらしいよ。」
「‥そっ、か‥‥。」
知らなかった。
先生、そんなに凄い先生だったんだ。
先生、来年からいないんだ。
私が実習に行く時には、もういないんだ。
てことは、先生に会えるのは、次の授業が最後。
授業が終わっても、北病院ならまた会えると思ってた。
でも。来年からはいないんだ。
どう形容したらいいのか、わからない。
なんだか大事な一部分が、ストンと抜けてしまったようで。
心の中がスースーする。
「次で最後なんだ‥。先生に会うの‥。」
言葉にすると、余計に重みが増す。
「まぁ。生きてれば会えるし。人生最後の別れってわけじゃないけどさ。実習では会えないね。」
そっか。
どうしよう。
ここで終わりたくない。
でも、私はただの生徒だから。
先生にもきっと、覚えられてないから。
何もできない。
いや、
何かして、「誰」って思われるのが恥ずかしい。
こんなに心を動かされた人に、惨めな記憶を残したくない。
例え先生が、そのことを「惨め」と認識しなくても。
私が耐えられない。
最後なら余計に。
でも、ならどうしたら。
何かしたいけど、何も出来ないし下手に動きたくない。
そんなジレンマを抱えたまま、最後の授業のチャイムが鳴った。
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