ただいま

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 オレは、帰ってきた実家――といっても安いマンションの狭い一室――の自分の部屋で、吉川英治の三国志の文庫本の一巻を手にして。  物思いにふけってしまっていた。  オレは非行に走ったワルだった……。  しかしハナからワルだったわけじゃない。ガキのころは、なぜか学校の図書館の本を、学習漫画なんかを読んで、特に歴史の学習漫画が好きでよく読んで、そこから歴史の本へと幅を広げていった。  そんなオレに、両親はある本を買い与えてくれた。といってもお金がないから、古本屋で、安いが古びた吉川英治の三国志の文庫本一巻を買い与えてくれた。  オレは嬉しかった。最初の一巻だけとはいえ、自分のものとなって好きな時に読める本、三国志一巻を夜更かししてでも読み込んだ。  残りは図書館で補い。英雄豪傑の活躍や躍動感は、読んでてわくわくした。  しかし……。 「こんな、目の痛くなるようなもんよく読めるな。この、堅物野郎!」 「こいつおかしいわ。普通はこんなん読めねえよ」 「普通は漫画だろうが」  とか言われた。  本を読むのがおかしくて、漫画を読むのが普通、そんな市井の最下層が自分の住む世界でもあったとは言え。  堅物野郎と言われるのがいやで、仲間外れがいやで、オレは三国志の一巻を本棚にしまいこんで。代わりに漫画雑誌を読んで。つまらんギャグも無理矢理おかしそうに、へらへら笑って。  仲間に合わせて、ワルぶった。 「オレはいっぱしの男になるんだ! 堅物野郎から、卒業だ!」  それがオレの人生のテーマだった。それとともに、 「吉川英治なんざ過去の遺物! 今時通用しねえよ!」  そんなことまで考えていた。読書が好きだった自分を恥じて、本ではなく漫画を読む普通のワルになろうと足掻いた。  しかし、ワルは所詮ワルだった――。  ワルぶったオレは、級友ともども、世間の白い目にさらされて。それに抵抗しながら、どうにか高校は出たものの、定職につかずブラブラし。そのくせ無理なローンで車やバイクを無理矢理買って、飛ばして、刹那的な快感を貪った。  家も飛び出し、自由を、我が世の春を謳歌した。  でも、そんなのがいつまでも通用するわけがない。  ある夜、ある峠道、オレは無理な運転がたたって、事故を起こし。車も一発廃車。幸い自損事故で相手はなく、オレも身体は無事だった。
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