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既に日が沈み、街灯で照らされた石畳の道を駆け、セティはある屋敷の門の前で足を止めた。呼吸を整え、拳で扉を叩く。
しばらくすると中から足音が近づいてきた。引き戸が開かれると、いつもパンを準備してくれる下働きの女性が現れ、驚いてセティを見た。
「先生にお会いしたいのですが」
「先生は問診に出掛けてます。もうすぐお帰りになられますから、どうぞ入ってお待ちください」
「……いえ。俺がいると汚れますから」
「大丈夫ですよ。もうすぐ坊っちゃまになられるお方じゃありませんか」
セティはその言葉に俯いた。緩慢な動きで促されるままに中に入る。仕事で通される部屋以外に入るのは初めてだった。
静かな灯りに輝く、美しい調度品。ソファに座るのは憚られたので、部屋の隅に佇んでいた。セティには分かった。ここがディル・ベントが準備してくれている将来の自室だ。
玄関の方で人の気配がする。彼が帰ってきたようだ。人の話し声が聞こえ、ブーツの足音が軽やかに階段を登って近づいてくる。セティは唇を噛み締めてその時を待った。
軽いノックの音。
戸が開けられ、嬉しさに溢れたディルが入ってきた。
「ようこそ!」
その笑顔に、セティは堰を切ったように泣き出した。
喜びの涙でないことにすぐに気づいたディルは、驚いて反応できない。セティはその場に土下座して叫んだ。
「先生、お願いがあります!」
涙が鼻先を伝って絨毯を濡らす。そのシミが大きくなるのを潤んだ瞳で見つめた。
「ノーラを僕の代わりに子供にしてください」
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