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布張りのソファに座り、ディル・ベントが召使いに持って来させた温かいココアを夢中ですするセティ。この世にこんな甘くて美味しい飲み物があったことを初めて知った。
少年が落ち着いた様子を見て、ディルは隣に座った。優しく低い声で話しかける。
「セティ。私は養子にするのは誰でもいいと思ってる訳じゃないんだ」
暖かく柔らかい毛布に包まれているような気分になる。セティは小さく微笑んだ。
「それに、ノーラ一人救うより、もっといい方法がある」
ディルは明るく言って立ち上がった。その彼をセティは目で追う。
「私の助手として働いて、医者になるのもいい。肺を病んだ煙突掃除夫を助けてやれる。いや、法律家になって、そもそも子供達に危ない仕事をさせない法律を作ることもできる」
部屋を闊歩していた彼は、セティに向き直った。
「君が努力して勝ち得た自由じゃないか。どうしてそれを別の人に譲るんだ」
ディルは少年の前に跪く。そして真剣な表情で言った。
「セティ。君が私の子になるんだ」
ディル・ベントには子供がいない。体の弱い妻。新しい命を宿すには荷が重かった。
養子を取ろうとした矢先に現れたのが、働き者でしっかり者のセティだった。彼の仕事ぶりを見て気に入って以来、ずっと親方と交渉してきたのだ。
セティもそれを知っている。
そして、自分に向けられた分不相応な親切を、ほかに譲る権利がないことも。
「でも先生」
セティは微笑んでココアを見つめながら言った。
「ノーラを助けてください」
はっきりとした意志。セティは顔を上げて、戸惑うディルを真っ直ぐに見た。
「お願いします」
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