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「おめえも聞いたかも知れねえが」
親方に呼び出されて、久しぶりに彼らの家に入ったセティ。くゆらせたタバコの煙で充満した部屋は、煙突内と似たような臭いがしていた。
「ディルの旦那から、お前を養子にしたいって話があってな」
ふーっ。
溜め息と共に、また白い煙が吐き出される。
「いい話だし。おめえも五年も頑張ったからな」
その呟きは、親方がセティを手放すことをディル・ベントに約束したことを物語っていた。
「だがなあ」
低い声で渋り、太い腕を組む。セティには彼が言いたいことが分かる。窓の向こうに見えるのは、洗濯物を不器用に干すノーラの背中。
「一年持つかどうか」
逃げ出すか。病気になるか。落ちて怪我をするか、はたまた死ぬか。
セティのように仕事を全うできるのは稀なことだった。
重い気持ちを引きずりながら親方の家を後にする。気づいたノーラが笑顔で駆け寄ってきた。
「セティのも洗っておいたよ! もらったパン食べよう!」
「……ああ」
口の端を引きつらせ、セティは作り笑顔で頷いた。
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