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会場に入り、目に入るのは白という色の洪水であった。
なつきは大学時代の神代を思い出す。
神代達哉はとにかく変わった人間であった。
風景画も人物画も大層上手く、誰もが期待する人間であった反面、兎角「白」を愛していた。
たびたび白のキャンバスに白の塗料を塗って、最高の作品だと力説することがあった。
それを周囲に理解されないと、今度は白に塗ったキャンバスの隅に潰れた空き缶を見事に描きあげ、「美しさの中の汚点」と題しコンペに提出した。
これがコンペの中でもかなりの評価をされていたのだから、天才には敵わないとなつきは早々に芸術から遠ざかったのだ。
その時思わず悔し泣きしていたのを偶然神代に見られてしまった時は気まずかったものだが、見なかったことにしてくれたらしい神代は何も話題に出さなかった。
会場の一際目立つところに、人物画が飾ってあった。
それはなつきの肖像画であった。一筋の涙を流す自分が、こちらを見ていた。
涙がまるで白い水であるように描かれているのには違和感があったが、白を愛する鬼才ならではの茶目っ気に思えた。
絵のタイトルは【・・・からの美麗】
不思議に思いつつも、自分が美しいと思われていたことに胸が高鳴った。
こちらを見ていた神代と目が合う。恋に落ちるのには十分な時間であった。
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