モラル

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蹴り飛ばしたテーブルに載っていた灰皿を手に取り、胸ポケットから取り出した煙草に火をつける。喉にまで煙を吸い込み、吐く。たったそれだけで脳がクリアになって、隣に立ったまま、遂には頬を濡らした涙を拭っている弟を可哀想に思えてくる。 「…それ貸せ。行くから」 右手を出し、ダイニングテーブルに乗っている紙を取る様に促した。弟はテーブルから紙を拾い、近づいてきた。でも、手渡そうとしない。涙を拭ったまま掴んだ部分は水でふやけ、よれている。 「い、…いい…」 首を左右に振り、グシャリと音を立てて細長い紙を握りつぶしたと思えば、逃げるように寝室の扉に駆け寄り、閉じ籠った。 落ち着いていた気がした気持ちがまた、みるみる悪くなって行く。折角行ってやろうという気になっていたのに、それを無下にされて腹が立たない奴がいるだろうか。 結局、三者面談には行かなかった。家庭訪問も、兄が多忙だと言うことを弟が担任に伝えたようで、そういう話は出なくなった。 丁度仕事も繁忙期に差し掛かっている。多忙は嘘じゃない。でも正直、自分のことで精一杯で弟の事を考えている時間なんてなかった。  彼女に、弟について話した。仕事が忙しい事、学校の担任への愚痴を酒の力を借りて自分の満足が行くまで話した。だから気が付かなかった。彼女が終始何かを考えるように黙っていることに。     
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