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それ以上は、どう声をかけていいのかわからない。でも、弟との間に出来た深い関係の溝を埋めるには、今が最大のチャンスのような気がした。そしてこれを逃したらもう、戻れないという気も、していた。
キッチンに入り、カレーの入った鍋を火にかける。ふつふつと気泡が出てきたあたりで、背後に気配を感じた。
「食べれるか?」
小さく頷いた弟に、それだけでなんだか、少しほっとした。
カレーをひとすくい、口に運んだ。もごもごと、小さく、ゆっくりと動かす口に緊張が走る。暫くして喉が動いて、飲み込んだのがわかった。表情はあまり変わらない。でも白く、色のなかった頬に微かに赤みが掛かり、嬉しいのだと思った。
既に食べ終わっていた翔吾は、未だ食卓の椅子に座りテレビを眺めつつ弟の様子を見ている。食器の音とテレビの音が鳴る部屋。けれど会話のない空間にいたたまれなくなり、言葉を発した。
「…学校、どうだ?」
翔吾のわざとらしい咳の直後、カチャン、と、弟のスプーンの先端がカレーの中に落ちたのが見えた。
「…友達とか、もし何かあるなら、言えよ?」
勢いよく上げられた弟の表情、それは、今までにみたことのない表情だ。そう、強いて言えば…恨み。
カレーに沈んだスプーンをそのままに席を立ち、また、さっきと同じように寝室に戻っていった。
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