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小さく、ひっそりと掛けるつもりだった声は、思ったよりもしっかりと出た。ピクリとも身動きをしない布団の丸みは、けれども一定の呼吸もしていない。神経を研ぎ澄ませ、まるで、何かを待っているようだ。
「おい、大丈夫か?」
めくった布団の隙間から見えた半分開いた右目は、赤く充血していた。止める事もせず、目の横を流れる涙。
知らぬ間に弟は、想像を超える程に精神的に追い詰められていた。いや、追い詰められていたと言うのには語弊がある。弟に辛くあたり、存在を無視した事も原因の一つであるはずだから。
羽織っていたジャケットを脱ぎ布団に丸まる弟の頭のあたりにかけた。
「勇希、行くぞ」
数秒時間を置いて身動きし、布団から覗かせようとした頭をそのままジャケットでつつみ、べッドから出口まで一切、誰とも目を合わさせず、言葉も発さず出た。
養護教諭から預かった紹介状を手に、病院の受付へと向かった。少しすると年配の女性医が弟にあいさつし、手を握り、一つの個室へと連れて行った。
“辛かったわね”と、女医は弟に一声かけた。医師として、まず弟を安心させたかったんだろう。でも、書面の情報でしか、今の弟の状況や傷を知らない人間の言葉と思えば、あまりに軽い言葉に聞こえた。
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