モラル

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俺だって大学に行きたかった。若い頃しか楽しめないこともしたかった。もっと自由に、やりたいことしたかった。自分の為に時間を使いたかった。なのに、それなのに、お前のせいで、お前が生まれたから、お前、お前の、お前さえいなければ。 握り方を知らない震える拳が肩に当たった。どうやら反撃する脳みそは付いていたらしい。拳を掴み返し、渾身の力を込める。ミシミシと手のひらの中で軋む骨、このまま力を込めれば、折れる。 ぼき、と硬く凝った首を鳴らす。 口を開くのが面倒で、側頭部の髪を掴み力一杯引っ張る。暴れる身体に苛立ち、背中に思い切り蹴りを入れると、短い呼吸を最後に、大人しくなった。 玄関の取っ手を乱暴に押し、扉を広げる。当然放り投げた。重くなった身体は、遠くへは飛ばずに扉下の段差に伸びるだけだった。 扉が閉まらない。腹に足の裏をつけて押し出す様に力を入れた。 荒んだリビングに戻ると、割れたテレビ画面を惜しそうに眺めてる翔吾がいた。 「すっきりしたかよ」 「…あ?」 ソファに腰をかけ、煙草を取り出し火をつける。赤く染まった、煙草を持つ手の甲から、鉄の匂いがする。 昔からこうやって、第三者に立って冷静に、物事を済むのを待っているこいつが嫌いだった。 倒れたスタンド照明が窓につけたヒビ。あちこちの修理費を考えるだけでうんざりする。無理矢理窓を開け、ベランダで煙草を一本吸う。気づけば一本、もう一本、更に一本。     
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