モラル

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説明も無く弟の元へと案内しようとする彼に思わず口を開いた。でも、昨日までこの部屋で過ごしていたのに予告もなく部屋が変わる事なんてあるだろうか。  何かあった。その予感は的中していたようで、気が進まないと言ったような表情を見せた後、担当医がポケットから鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込み回した “誰の部屋だったのだろう”と、他人事のように考えてしまう、いや、考えたくなるような部屋だ。    四方を囲む、可愛らしい柄の壁。優しいクリーム色をした壁の下部の壁紙に散る赤。  床に散らばっているのは引き裂かれた絵本。破かれ、ところどころに飛んだ血液が固まり、赤黒いシミを作っている。 胃がむかつき、吐き気がこみ上げる。頭がぐらついて、貧血を起こしているようだ。この異常な空間を受け止めきれない。夢であって欲しいと願わずにいられない。 案内されるがまま、廊下を進む。以前のフロアとは対象年齢が明らかに違う雰囲気の廊下をずっと奥まで歩き続ける。 壁のいたるところに描かれているのは、花や蜂の絵。それらは床にも施され、コンクリートの建物のつくりを忘れさせる程に柔らかな印象へと変わっていった。 一つの部屋の前で立ち止まった。鍵を取り出すことなく扉は横に開いた。 「この部屋では靴を脱いで下さい」     
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