モラル

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 縦横三十センチ程度の足場以外、すべてクッション素材の床材が敷かれている。足の裏に感じる感覚は同時に、先ほどから抱いている疑問と不安に拍車をかけた。  それに、言われるまま部屋に入ってはみたものの、肝心の弟の姿が見えない。弟はどこか、と疑問を口に開きかけた。 「弟さんは今朝、自傷行為を繰り返しました。原因はまだわかっていませんが、以前の部屋では再び自傷を繰り返してしまう可能性があったために、急遽部屋を移動したんです」  自傷行為。その言葉だけが頭の中を埋め尽くした。頭に蘇る、腕一本を埋め尽くす程の切り傷。あれを見たとき、もう二度とこんなことをさせてはいけないと思っていたのに。  さっき見た部屋で、何かがあった事は覚悟していた。けれど、あそこに散っていた血が全て弟のものなのだとしたら。全てが自傷行為で出来た光景なのだとしたら。 「この向こうに弟さんがいます。向こうからこちらの様子は見えませんし、声も聞こえません」  目の前の、灰色のロールカーテンが上げられた。大きな硝子窓の向こうにいるのは、確かに、弟だ。 「…ゆう…」     
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