モラル

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目の前の光景を見る限り、昨晩俺が外泊している間に何があったかなんて一目瞭然だ。でも、その原因を知ればこっちに飛び火するのも目に見えている。俺はお人良しじゃない。 片づけるのも面倒で、ソファで買ってきたカツ丼を食らう。 目にしたのは偶然だった。着替えようと寝室の扉を開くと、同じタイミングで勇希も着替えていた。左腕に引っ掻いたような無数の跡がびっちりと刻まれてる。ミミズ腫れの所々の皮膚が捲れ、血が滲んでいる。 隠す様子もなく、淡々とパーカーに袖を通していく。ここ最近、勇希がストレスを抱えてるのは目に見えてわかっていた。今までは“わからない、知らない”でうまく抑えて来れた感情が、成長するごとに“わかってきた”。 どうすれば良いかわからない、でも、耐えられない程に辛い。それで見つけた方法が“これ”って訳だ。 そんな傷じゃ、満足に発散できないと直感でわかった。開いていた扉を閉め、小声で話しかける。 「貸してやろうか?」 棚から取り出し差し出した鋏の使い道を、勇希は瞬時に理解した。恐らく、使い方も知っているんだろう。 今まで刃物に手を出さなかったのは健吾という堅物のせいだ。リストカットの痕なんて見られた日には、理由を聞く事もなく、怒声を浴びせるだろう。それか、世間体を気にして勇希にリストカットを辞めさせるか、だ。     
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