モラル

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勇希がよく歌ってると健吾に言うのを、不思議と躊躇った。特に理由はないが、なんとなく。 米の炊けた音を合図に、キッチンに入る。何かを考えている手は、カレーをぐるぐると意味も無くかき混ぜている。 勇希が学校でどういう生活をしているのか、俺達は知らなかった。特に興味も無かったし、本人が話してこない事を聞き出すのはあまり良くない事だと思ってた。  現に俺がそうだった。言いたくない事の一つや二つ、いや、勇希の年代の頃は言いたくない事が殆どだった気がする。母さんに何かを自分の事を聞かれるのが嫌で仕方なくて、まるで探るかのように会話を持ち込まれるのが大嫌いだった。  カレーを食っていると、寝室の扉が開いた。さっきよりも大分顔色が戻ったようだが、血が巡らないのか、扉に凭れたまま数秒固まっていた。  ドラマの映像に視線を戻すと同時に聞こえた腹の鳴る音。なんとなく真っ先に盗み見たのは、健吾の表情。  気まずそうではあったが、怒りのない表情。それが焦りに変わったときには勇希は部屋に一目散に逃げて行った後だった。 常に俺達の顔色を窺って、そして機嫌を損ねるような事をしてはいけない。勇希の中ではそういうルールみたいなものが出来上がってるんだろう。     
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