モラル

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表情筋、顔色さえも、一切変えなくなった。側で大きな物音がしても、熱湯に近い温度のココアを零しても、眉一つ動かさない。  無。まさにそんな感じだ。  勇希が壊れたのは誰のせいでもない、だなんて馬鹿げたことを言うつもりはない。勇希を虐めた学校の連中、見て見ぬふりをした教師、勇希を知ろうとしなかった健吾、そして知っていながらも放っておいた俺。全員が勇希を壊した。  もっと俺が良い兄貴だったら、勇希が正常な間に、勇希を元気づけたり楽しいことを教えたりしたのかもしれない。でも悪い。俺は、こういう奴なんだよ。  勇希が前みたいに戻るには、また莫大な金と時間が必要になるだろう。転校、精神科への通院費、毎日家にいる生活になれば生活費だってかかる。  また、繰り返しだ。そうなれば、更に勇希の精神が快方に向かう可能性は低い。もしかしたら今度は、健吾が病むかもしれない。そうなるのだけは御免だ。 「死んだ方が、楽だったんじゃねぇの」  誰に言うわけでもなく一人、出勤前の時間をソファで過ごしていた。   けたたましい音を立てて玄関が開いた。嫌な予感なんてものを感じる余裕すらなく、引きずられるように部屋に入ってきた勇希に溜息を漏らす。     
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