モラル

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 俺が動くのよりも一秒、健吾の方が早かった。鈍い音の後に、勇希がテレビ台に後頭部をぶつけたのを見て健吾の腕を背後から抑えた。 「おい、落ち着け馬鹿」  頭に血が上るといつもこうだ。腕を封じても身もだえ、自由な足で未だ勇希への攻撃を止めない。 俺だって大学に行きたかった。若い歳を楽しみたかった。自由になりたかった。やりたいことしたかった。自分の為に時間を使いたかった。 お前のせいで。 お前が生まれたから。 お前さえいなければ。  俺の腕を振りほどきながら、馬鹿みたいに吠えている。健吾が拳を振るう度、俺の頬や鼻にも飛んでくる血。これが、健吾の本音。本当の姿だ。  なんだそりゃ、殆ど俺への文句じゃねぇか。それを勇希に当てるなんてお角違いだろうよ。 勇希の顔を見ている暇はなかった。とにかくこの馬鹿を止めるので精一杯。ほんと、迷惑な兄貴だよな。  思い切り肘で鳩尾を突かれた。激痛に冷や汗を浮かべていると、暫くの打撲の音の後、短い、切れるような呼吸を最後に空気が静まり返った。 目の前を引きずられていく勇希を、黙って見続けた。俺のとばっちりであんなにボロボロになって、罪悪感が無い訳じゃない。でも、今回はお前ら、どっちもどっちだな。     
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