モラル

56/71

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
今まで感じた事のないくらい、健吾兄ちゃんが怖かった。僕と兄ちゃんしかいない空間で、誰に助けを求める事も出来ない。 煙草から出る煙に咽そうになりながら、袖で懸命に涙を拭いた。面談に来てくれると言った言葉に募ったのは安堵の気持ちじゃなくて、恐怖だった。兄ちゃんが、次はどういう行動に出るのかがわからなくて、それが堪らなく怖くて、気がついたら逃げていた。 外に行けと言われなくなった頃から、今度は健吾兄ちゃんに無視されるようになった。“兄ちゃん”と呼んでも、返事が返ってくることがなかったから、聞きたい事があっても声をかける事が出来なくなった。僕を見ないようにしているのが、一目でわかった。 学校でも友達に無視されてた。何かをした覚えがないのに。でも無視されているという事は何かをしたんだ。でも、原因がわからない。だから思った。僕の事が見えていないんじゃないかって。 「僕の事、見えてる?」  急に怖くなって、翔吾兄ちゃんに聞いてみた。僕の声に振り向いたし、面倒くさそうに、でも「うん」と返事もしたから、僕の事が見えてない訳じゃない事は分かった。 じゃあどうして、皆僕を無視するんだろう。考えても考えても、わからなかった。考える度に不安になって、胸が苦しくなるから、じっと耐える事にした。     
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加