モラル

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怖くて、悲しくて、女の人は来ないのに家を出て、暫く外にいた。でも、もうわかった。皆が僕を嫌う理由。それは、僕自身がいるからだって。 着替える時に偶然、切るのを忘れていた伸びた爪が、腕を引掻いた。チリッとした痛みに驚いたけれど、それ以上に、少し、ほんの少しだけ、心地よく感じた。 好奇心で、爪を三本腕に突き立てて、思い切り引掻いてみた。痛い、凄く。でも、楽になった。心にあったもやつきが、頭の中で渦巻いていた自己嫌悪が、今までにないくらい、楽になった。 気がついたら癖になってた。何でも、嫌なことが少しでもあったらすぐに爪で左腕を引っ掻いた。赤く膨らんだ線の上を指の腹でなぞると、皮膚が焼けるように痛んだ。 でも、辞められない。引掻く度に嫌な出来事が頭から自然と消えていくから。爪が真新しい線を引き、皮膚がガリっと音を立てる度に、鉄臭い匂いと一緒に安心した。 でも繰り返すうちに、慣れて来た。痛みをあまり感じななくなってきた。痛みを感じないと、すっきりしない。 この傷と出会うまでずっと感じていた頭を殴られるような痛みがまた、再発しそうだ。これは辛いから、嫌い。同じ”痛み”だけど、全然違う。 どうしようもなくて、布団の中で狂いそうになった。     
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