モラル

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目の前が、全く定まらない。揺れて、揺れて、吐きそう。目を閉じたい。閉じてみた。身体が揺れて、何処かにぶつかった。どこに行こうとしたんだっけ。まぁいいや、別の場所へ、行って、終わらせよう。でももう、少し、いや、大分眠い。身体も重い。もしかしたらこのままでいいのかもしれない。 目を開いたって何も良いことなんかないのはわかってるのに、どうしたって現実と向き合わなきゃならない。 目の前のものを見る前に、かけられている布団の中で身を守った。このまま誰にも見つからないでいれたら、どれだけいいだろう。 でもそんな現実逃避が許されてるほどこの世が甘くなくて、理不尽なことはわかってる。だから、健吾兄ちゃんの声が聞こえる。  僕を呼ぶ声は怒っている訳でも、心配している訳でもないように聞こえた。責めるような声。 耳を塞いで、何も聞こえないようにした。ついでに目も塞いで、感覚も無くして…ああもう、だからさっき、あのまま落ちていれば。 上げられた布団から覗きこんでくる好奇の目。嫌い。どうして皆、僕を楽しそうに見るの。何がそんなに楽しいの。兄ちゃんだって、本当は思ってるんでしょ。楽しいって。  煙草の匂いのするジャケット。振り払いたくなった。あの頃の兄ちゃんの匂いなんてどこにもない。懐かしさも感じない。  嫌。なにもかもが嫌だ。  知らないおばさんが笑いかけて来た。なに、誰。何を笑ってるの。そんなに何が可笑しいの。     
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