モラル

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 この人も、僕を面白がってる。  手渡された意味のない薬。これでもう、僕は完全に病人扱い。  唯一の薬だったハサミは、健吾兄ちゃんが取り上げるだろう。だからもう、諦めた。車の窓から見える空を眺めた。なんで僕はまだこんなところにいるんだろう。あの空のずっと奥、今頃、あそこにいるはずだったのに。  鼻歌を歌った。久しぶりに思い出したメロディー。多分、お爺ちゃんのいる場所を眺めたから。  なんだか心が安らいだ。家に着くまでの間ずっと、心の中で歌い続けた。 すべての事に興味がなくなった。自分にすら。呼吸は、ただ吸って吐いているだけ。やることなすこと全てに意味は無くて、いよいよ自分の存在意義なんてものはこれっぽっちも感じない。  毎日飲んでいる薬は何の意味も無い。効果のないものに金を掛ける事ほど馬鹿なことも無いけれど、薬を飲んでいるだけで健吾兄ちゃんは安心した顔をする。  あれ以来、健吾兄ちゃんはよく喋るようになった。というか、僕に常に話しかけてくる。でも僕はそれに何か言葉を返したりはしない。だって、全ての言葉が上辺だけに聞こえて仕方がないから。     
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