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自分が男である事を今まで忘れていたように、彼女に恋をした瞬間から彼女の事が頭から離れなくなった。忙しない日々の中に無意識のうに癒しを求めていたのかもしれない。
告白は意外にも、彼女からだった。入社して以来ずっと気になっていたのだという。この上ない喜びに気分も上がり、頭の中は彼女に染まった。弟の世話と家事と仕事を行き来する変化の無い生活に楽しみが出来た。
「勇希、わかるよな?」
頷きも、首を横に振りもしないかわりに靴を履き始めた弟が、玄関から出るのを待った。
二十二時半というデジタル時計の表示に、蒸していた煙草を灰皿に押し付ける。彼女を送るためにジャンパーを羽織り、玄関を開けると、帰宅する時とは比べ物にならないくらい冷え込んだ空気が体を包んだ。
「…勇希?」
アパートの裏のゴミ捨て場に暗く影を作っている、収集箱にもたれかかる様に座っている弟を見つけた。辺りが黒い中、唯一の明るさのある肌はやけに白い。一瞬、死んでいるんじゃないかと思うくらい、白い。
もう一度名前を呼ぼうとした時、瞼が揺れた。閉じられた目がほんの少し開き、ぼーっと隣の家との間に建てられた塀を見ている。
外に居ろとは言ったけれど、まさかこんな所にいるとは。疲れたように再び閉じられた目に、頭を掻いた。
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