第一話:赤い糸

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 鑑賞した人の人生にどれほどの影響を与えるか、具体的に量れない力を持っているのが芸術と呼ばれる分野だ。音楽や小説、絵画や彫刻といった芸術作品に、どの程度影響されるかは、それまで歩んできた人生や元々の素質に依るところが大きい。  故に、彼が創るはずだった作品に、影響を受けるはずだった人間の糸が、今回の事件を機に一気に絡まってしまったのだ。そして僕たちの仕事は、消えてしまった影響分の糸を新たに繋ぎ合わせることにあった。それは、乱れたダイヤを新しく書き直す作業に似ている。時間がかかるほどにその混乱は大きく広まっていく。  欠けた糸に新たな糸を繋ぎ、それ相応の出会いや別れ、感動が起こるように調整していく。その為には、一つずつ秘密裏に糸を結んで回るよりも、直接彼らに接触して働きかける方が早い。僕たちの部下は、彼の作品に影響を受けるはずだった人たちに直接コンタクトし、さりげなく誘導することでその行動を変え、運命の調整を進めていた。  そうした地道な作業を繰り返していたが、事態は一向に良くなる気配を見せなかった。余りにも、少年が死亡した影響が大き過ぎたのだ。現場からは限界だとの声が多く上がっている。 「もう無理だな」 「うん・・・・・・。ルカに聞いたんだけど、僕たちの修復作業によって、今度は他の所に影響が出始めているらしい」  急いで解き直そうとすればするほど、余計に絡まってしまうものだ。 「仕方ないな、奥の手だ」     
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