病室とタクシーまでのあいだ

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病室とタクシーまでのあいだ

旦那と娘のあずは帰った。 あまりゴネる事のないあずがグズり帰りたがらず、よっぽどの寂しさと戦っているのかと思うとたまらなかった。 結局、30分ほど胸に抱き止めているうちに寝てしまったので旦那に渡し、二人はタクシーでの帰宅となった。 玄関まで見送る事にした。 おたがいに無言で歩いた。 ……… ……… (何か言えよ…) と思いながら。 (長く感じるな…玄関まで。) と思いながら。 タクシーを待つ間、ポツリと旦那は言った。 「もしもの事があったら、どうしようか。」 ……こちらのセリフだ、それは。 どうしてももしもの事が気になるらしい。 「(笑)私が死ぬだけ。ただそれだけの事よ。あずの事だけはくれぐれも頼むね。ま、お義母さん達が見てくれるんだろうから、安心はしてるけど。」 ……口数が少ない男であるのは知っていたけどここまで一応妻である私に無関心だとは、改めて何とも言えない気持ちになる。 しかもなぜか今日は頻繁にタクシーが通らない。 「あのさ、もしもの事ばかりを考えて自分のこれからばかり心配してるけどさ、父親だよね、旦那だよね、あなたは。思いやりがない人だとは気づいてたけど、ここまでとはさすがにびっくりしてるよ。」 「………」 「いつから、こんなんなったんだろうね俺。 自分でも器が小さいなと思うよ。」 このタイミングでタクシーが来た。 乗り込む寸前に、一言旦那がつぶやいた。 「これでも、心配してるんだわ。じゃ、明日。」 ……… 月明かりに照らされてタクシーが小さくなっていく。 ふーん。 そうなのか… でも、ドキドキするほどの感情を持ち合わせてはいなかった。 悲しいほどに、彼への気持ちは枯渇していて 人間愛でしか彼を見ることが出来なくなっていた。 何より、私は明日の事と、あずの事で頭がいっぱいだった。 病室に帰るのも気が重くて、誰もいない静かな場所へと足を運んだ。
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