エントランスの中心で

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エントランスの中心で

いつもは診察の受付や案内でざわめくエントランス。 誰も居ることなくひんやりとひっそりしていた。 ソファに腰を下ろし、目を閉じる。 …………色んな事が脳裏を過ぎていった 旦那との日々に疲れた自分 自分の存在よりも大切な命とその存在 命が無限ではない痛感。 これからの未来…… 哲学的に自分と向き合う 誰もいないエントランスっていいな… 物寂しさが冷静な時間を連れ戻してくれる 「鈴木さん?」 静寂を楽しむ私を遮る声がした 声の方へ向くと、田中先生が缶コーヒーを持って立っていた。 「あ、どうもこんばんは」 つれない返事をした。 「何をしていたんですか??」 ………座っていました、と言いたい。 「センチメンタルジャーニーしてました」  「ん?……あははははははっ!」 それこそ、院内に響き渡る声で笑った。 カチンと来たので無視をした。 「……先程はありがとうございました」 視線を落とすと、先生は静かに座った。 「いいですか?ここ?』 すでに座ってから、言った。 たぶんこの先生は、鈍い。 鈍感力がずば抜けて、ある。 私の嗅覚は、鋭い。 「………」 「………」 静かな薄暗い空間に医者と患者が一つずつ。 コーヒーを飲む先生の喉の音だけが微かに聞こえる。 その喉が言葉の音を立てた。 「鈴木さん、手術怖いですか……?」 「……………怖いです、よ。」 「ですよね、命、預けるんですもんね。麻酔がもし失敗したらもう目を開けることはできないし、」 ……はい、無神経。最悪だ、まったく最悪だ。 「そんな軽々しく口に……」 「いや、あの、だから、だからこそ、どこの科の先生も念入りに話しをし、患者さんにも説明をし、さらに緊張もし、手術に向き合っています。でも、残念ながら、100%はありません、麻酔も、手術も。」 「わかっていますよ…だから、なんですか??先生が何を言いたいのかわかりません。100%はないから許してくれと。逆なでする為に先生は今、ここに座って休憩をしているのでしょうか?ならば、失礼……」 立ち上がる私を腕をつかみ、引き止めた。 「………血圧上がりますよ。落ち着いて。」 「………はぁ??病院なんで、倒れても大丈夫ですので!!」 何という、担当医だ。 何が言いたくて居るのかわからない。 「座ってください、すいません、言葉が足りなくて。」 足りないのは言葉だけではなくて配慮も、だ。 「……何でしょうか。一人にしてください。 気持ちがそぞろなので落ち着きたいんです。」 まだ何か言いたいようで、先生は立ち上がる気配はない。 「……すいません、そうですよね……ただ…大丈夫ですから。全力で手術を無事に終わらせる事が出来るように尽くします。執刀医の野村先生はこの病気については第一人者で腕も確かです。だから、信じて明日を迎えて欲しいと思っています。」 「…………最初からそう言えばいいのに。」 一瞬の沈黙………。 「あはははっーーっ!そうですね。うまい事言おうとしたら、あんなコトになりました。 鈴木さんの血圧上げて、先生に怒られるところでした!」 …………別な感じでざわざわする。 この先生の空気の読めなさ。 私はそんな男ばかり引き寄せるのだろうか。 周りはそんなのばっかりだ。 うんざりだ。 でも、怒りのお陰で、明日の不安は気がつけば無くなっていた。 「鈴木さん、そろそろ失礼します。明日の準備万全にしないと。」 「…………ありがとうございます。」 「鈴木さんも落ち着いたら、ベッド戻って下さいね。夜眠れなかったらコールして下さい、僕今日は泊まりますので。」 先生はそう言うと戻って行った。 (…………コールなどしてやるものか。) 後ろ姿を見つめながら、気づけば不安の渦はどこかへ行っていた。 田中先生、不思議な……人。     
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