主治医と指導医

1/1
1292人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

主治医と指導医

………医者であることは確かだ。 ブルーのユニフォームを着た若い先生が立っていた。 「えっ…あ、はい。スズキユウノです。」 チラッと腕に目をやると 「R.TANAKA」 の刺繍がある。 「僕、スズキさんの指導医で野村先生と一緒に治療にあたる田中と言います。僕は医師になってまだ2ヶ月なので手術はまたまだですが、それ以外の仕事を担当します。 不安な事が多いと思いますが一緒に乗り越えましょう!何かあれば何でも言ってくださいね!」 フレッシュ、しかないな。 眩しい……眩しすぎる。 みずみずしい感に言葉を詰まらせた。 「はい…わかりました。あ、改めてスズキユウノと申します。宜しくお願いします。」 「今、時間少しいいですか?明日の手術について、術後についてのお話をしたいのですが…」 私と田中先生は手術について、今後についての話をした。 これまで生きてきて、こんなにも不安が襲ったことはあっただろうか。死が現実的になり、不自由が身近になる。 「スズキさん?大丈夫ですか?」 田中先生の声で現実に引き戻される。 『大丈夫!…なわけないでしょ。頭を切る、て事は頭蓋骨をかち割る。開けて血管を繋ぐ、あんな細っそい血管を縫う。 失敗することだってあるでしょ??この際、不安しかないですよ。子どもがいて、何よりも大切な子どもがいて、私はまだまだ子どもと…娘と一緒にいたい。親離れするその日まで抱きしめてあげたいから…」 言葉にせずに心の奥に閉じ込めた思いがこぼれた。 あぁ… まずい…止まらない。 涙も止まらない。 旦那は遠巻きに視線をくれている。 娘がとぼとぼと歩いてくるのが視界に入った。 「そうですね、大丈夫な訳ないですよね。」 田中先生が口を開いた。 「僕が執刀し治してあげられるわけでもないし、頭を開頭される訳じゃないので気持ちが分かるよとは言えないです。手術が成功しても後遺症とかあるかもしれないし、予測が出来ない。でも、野村先生も僕ももう一人の指導医も3人でスズキさんを日常に戻したいと思っています。野村先生は、娘さんにお母さんを無事に返したい気持ちいっぱいで明日の手術に望みます。 手術の腕も一流ですし、何より上手です。 性格が細かいので、とてもキレイに血管を縫います。だから、穏やかな気持ちで今日を過ごしましょうよ。」 先生の穏やかな、だけど意志の強い口調に涙は止まり、娘はニコニコしながら私のヒザの上で先生の話を聞いていた。 誰にも言わずに飲み込んだ、不安。 吐き出すことが出来ていた。 いつの間にか穏やかな気持ちでそこにいた。 娘もまた、先生の言葉に癒やされ落ち着いていた。 「先生、あの…」 『はっ…!スイマセン!偉そうに。…」 「笑笑じゃなくて。」 「??」 「野村先生のこと、性格が細かいって…笑 ちょっと悪口に聞こえる笑笑」 「…………?!はっ!あぁ……最悪だ、俺。」 慌てている先生を見て、娘は 『この先生、あずは好き。」 と呟いた。 旦那は遠巻きに見たまま、タバコを吸いに行くと言ってその場から離れて行った。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!