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心臓が早鐘を打っている。
目が離せない。目をそらしたらあの白い扉が開いて、真っ白な庫内に真っ白な毛が――。
しばらく、へたりこんだまま、一ミリも動かずに冷蔵庫と睨みあっていた。
はは。やがて乾いた喉をさらに乾いた笑いがせり上がる。唾を呑みこみ呑みこみ、冷蔵庫の角を蹴っ飛ばした。
馬鹿馬鹿しい、そんなことあるか。からっぽだった。からっぽだったんだ。何も無かった。何も……。
心の中で呪文のように唱えながら、Mのいるキッチンのほうに向き直り、缶の底に残った一滴のビールを舐めるように味わう。
「先輩、ポン酢でいいですか」
扉を隔てたキッチンからMが訊ねる。
「ああ、なんでもいい」
適当に返事をして、俺は腹をさすった。
扉の隙間から油の熱された香ばしい匂いが部屋の中へ忍びこんでくる。
妙に、腹が空く。
終
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