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しかし、イース国での最後の晩のことです。
ヴァットに一通の手紙が届きました。
実の母親が見つかったという報せでした。
彼の母はどこにでもいそうな平凡な町娘でした。
変わっているところといえば、端正な容姿を持ち合わせていたこと、そして彼女には物心ついた頃から両親がいなかったことでしょうか。それでも彼女は自分を一人で育て上げてくれた祖母と二人で、貧しくも静かに仲良く暮らしていました。小さい頃なんかは特に、自分に両親がいないことをよく周りから言われたものでしたが、彼女が気にすることはありませんでした。彼女には大好きな祖母がいてくれるだけで十分幸せだったのです。
そんなある日のこと。
彼女がいつもの様に買い物をしていると、一人の男が彼女を後ろから呼び止めました。
少し小太りな中年の男ではありましたが、整えられた髪とあご髭、程よくくたびれた上質なスーツ、その袖から覗く黄金色の腕時計、汚れ一つない黒光りした革靴、そのどれもがこの町には似つかわしくなく、彼女とは生きる世界が違うのだということを物語っていました。
「この町には珍しい、別嬪な娘だ。この前のは見間違いではなかったようだ。どうだ、私の元で働いてみる気はないか」
翌日から彼女の収入は、三倍以上に膨れ上がることとなります。
最初は祖母を思って町に残ろうかと考えた彼女でしたが、生活が苦しいのは事実で祖母も彼女の背中を押してくれたため、彼女は故郷を離れることを決めました。
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