Airdrop

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 その日の夜。松山さんは同僚たちと居酒屋に行き、酔い潰れた。緊張しながら過ごしてきた数週間の出来事を話題として提供し、何度も笑いをとっていた。 「ちょっとさ、その女の写真を見せてよ」同僚の一人が酒臭い呼気を吹きかけながら、松山さんの手からiPhoneを奪い取った。そして数秒間画像を見つめてから、こう言った。 「俺、この女、知ってるかも。コンパで会った女に似てるわ。派遣の受付嬢だったかな? そうそう、確か若いうちに両親を亡くしているはず」  飲み会が終わると、松山さんは同僚たちに別れを告げ、終電間近の電車に乗り込んだ。その車両には自分以外にも、酔い潰れたサラリーマン風の男がちらほら乗っていた。  同僚の言葉を回想し、全てが振り出しに戻された気がしていた。二回目の画像の男性にも身内がいなかったとしたら、事は重大だと思っていた。犯人は捜索願が出されにくい人間に照準を合わせていた可能性がある。しかしそれを調べる術はなかった。  眠気が襲ってきた時、iPhoneに画像が送られてきた。開くとそこには、松山さんの横顔が写し出されていた。画像の背景は今まさに自分がいる車両である。  ゆっくりと視線を横にずらすと、同じ車両にいた他の乗客たちは皆、その手にスマホを握り締め、熱心に何かを見つめていた。  松山さんはその日以来、電車に乗る時間と車両を変え、Airdropも解除して生活を送っているが、周囲の人間がスマホを取り出すたびに、自分に向けられているような気がして仕方ないのだという。
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