Airdrop

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 松山さんの通勤手段は片道1時間の電車である。途中から満員状態になるが、利用者が比較的少ない駅から乗り込むため、いつも座ることができた。  毎日同じ時間の電車に乗ると、周囲は見覚えのある顔ぶれが多くなる。名前も知らない人たちなのに親近感を覚え、電車以外の場所で偶然すれ違ったりすると、思わず挨拶しそうになったこともあるという。  松山さんの電車の中での過ごし方は、ご多分に漏れずスマホをいじることである。ゲームをしたり小説を読んだりして時間を潰していた。  松山さんは「Airdrop痴漢」という言葉を最近耳にしていた。iPhoneのAirdrop機能を使い、見ず知らずの女性に男性器などのいかがわしい画像を一方的に送りつけるという、悪質な悪戯だ。犯人は女性が画像を開いて恥ずかしがる姿を遠巻きに眺め、性的な欲求を満たす変質者である。 「俺たち男には関係ない話だな。わざわざエッチな画像を送ってくる女なんていないだろ」松山さんは酒の席で同僚と痴漢トークで盛り上がっていた。 「わからんぞ。一般的に男よりも女のほうが露出するの好きだろ。そういうファッションも多いし」同僚は酔いがまわり、ネクタイの外された襟元からは、赤くなった首が覗いていた。 「でも犯罪ではないし」 「ストーカー事件は、男が女に危害を加えるからニュースで取り上げられがちだけど、警察の発表によると、女性のストーカー犯の方が多いらしいぞ」 「へ?、そうなんだ」  宴のあと、松山さんは千鳥足で電車に乗り込んだ。朝とは違い、車内は見知らぬ顔ばかりだった。同僚の言葉を思い出しながら、向かい側の席に座っている女性を観察しつつ、浅い眠りに何度も落ちていた。
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