1:雪に閉ざされた車中

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1:雪に閉ざされた車中

(寒い……)  両手が悴み、あまりの寒さに全身が震えて瞼を開くと、目の前が真っ白になっていた。  この男は白井(しらい)秀司(しゅうじ)。年齢29歳、職業会社員。  白井は、近頃応援している人気女性アイドルグループのライブが開かれる福井県に来ており、ホテル代の数千円をケチるため車中泊を行っていた。宿泊に金を使わなければ、彼女達の握手券付きCDやグッズ、ブロマイドを買える。そういう魂胆だから彼は地方公演に行くと車中泊を行っていた。  車中泊は基本的にキャンピングカーやトヨタハイエースなどのワゴン車を改造するなどして、高速道路のSAやPA、車中泊OKの道の駅に駐車して一晩を過ごす。  しかし銭ゲバの白井はそんな真似せず、軽自動車の運転席のシートを倒し、カインズホームで買った寝袋に包まって横になるだけであった。寝心地は良くないが、人間ってのは眠たくなればどんな体勢でも眠れる。普通の人ならば5分も耐えられない苦行だが、白井は慣れていたので問題無い。少しでもアイドルの物販に金を使うことの方が大事だった。  これが命取りとなった。  2017年12月の福井は日本海側から入った寒気の影響をモロに受けて大雪となっていた。積雪量は尋常ではなく、福井は2m、新潟では3mの高さにまで積もり上がる。  東京在住の白井は北陸の雪をナメていたため、積雪で車の中に閉じ込められてしまったのだ。フロントガラスは勿論、前後左右のガラスは全て澱んだ白い雪に包まれていた。  こんな状況に陥れば誰でも慌て始める。寝袋から出て、まず運転席の扉を開けようとするが、重い雪の壁に阻まれて扉は全く動かない。白井は全体重を掛けて扉を何度も押すが、雪の壁はビクともしない。雪の壁から断続して伝わって来る冷気が体力を見る見るうちに奪っていく。  扉を開けるのは無理と判断した白井は、運転席のシートを定位置に戻し、エンジンを掛けようとした。ところが、大量の雪に圧し潰されて冷え切った軽自動車のエンジンは全く掛からない。何度もエンジンを掛けようとしていく内に、白井の頭の中にネットニュースで見た記憶が蘇る。降雪で車の中に閉じ込められた人が一酸化炭素中毒で亡くなったと云う報道を。 (エンジンを掛けては危険だ……!)
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