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なのに、信号が変わっても横断歩道の上には黒い傘がカタツムリのような歩みで横切っている。
ハンドルに置いた指が知らずに小刻みに動く。
しかも悪いことに、風に煽られて、傘だけがコロコロと横断歩道を逆戻りしていく。
わたしはギアをパーキングに入れ、パーキングブレーキを踏み車を降りた。
急いで傘を拾い、おじいさんに差しかけながら一緒に横断歩道を渡る。
おじいさんは何度も頭を下げてお礼を言ってくれるが、急いでいるのでさっさと傘をわたして車に乗り込んだ。
傘を拾う時に対向車が急ブレーキを踏む音がしたが、傘が目の前にあるのに進もうとするなんて!
憤慨しながらも、それどころではないので嫌なこともすぐに忘れてしまう。
無事子どもたちを学校へ送り届け、職場に到着する頃には一日のエネルギーの大半を使い果たした気分だった。
その日はお昼の窓口当番だった。
平日仕事でなかなか役所に来られない人たちが、昼休憩の時間に訪れる。
当番は一人体制。
その日もてんてこ舞いだった。
途中お客さんを他部署へ案内する。番号札の待ち人数は二人。
行きはエレベーター。帰りはエレベーターを待ちきれず、非常階段に飛び込んだ。
思えば朝から調子が悪かったような気がする。
そんなことを後から考えてみても、ほんの一瞬のこと。
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