第一章 1

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第一章 1

 月明かりに照らされた白い大理石が艶めいた青色に染まっている神殿は夜のベールをまとっているようだった。  寝静まった街とは異なって神殿の門にはかがり火がオレンジ色の光を放っている。これから大切な客人を迎えるために。  この神殿は勝利を司る神が降臨する場所として信仰を集めている。そしてこれから戦に赴く兵士はもちろんのこと、陣頭に立つ王や王族までもが神のご加護を求めて参拝が絶えない。  そして、ただ単に祈るだけでなく勝利の神の子とされている聖神官の(みそぎ)を受けると更に戦神のご加護が受けられるので、神殿の奥まで入る騎士達も多い。 「大神官様、聖神官様の禊を希望致します。よしなにお取り計らいください」  (こうべ)を深々と下げた精悍なそして理知的な容貌が灯火に照らされている。 「そなたの名は何と申す」  神殿を束ねるに相応しい重々しい声が大神官の意外に整った顔から――といっても年輪に比してだが――神さびて告げられた。 「私の名はファロスと申します。今回初めて国王陛下の参謀を仰せつかりました」  傍らの従者が、主人の目配せに従って喜捨台に静々と歩み寄って重たそうな包みを置いた。 「ほほう、ファロスと申すか。過分の喜捨には、神もお喜びであろう。  では、早速奥へ参るがいい。案内(あない)を」  大神官の指図に従って、神官見習いの少年がファルスに歩み寄った。 「大神官様の、そしてひいては神様のお許しなしには、この奥へは進めません」  当然のように付き従おうとした従者を咎める厳しい声が大理石の空間に響いた。 「これはご無礼を。なにとぞお許し下さい。俗世しか知らぬ粗忽者(そこつもの)でございますので」  ファロスが深々と頭を下げた。  深々と静まり返った神殿の奥にファロスと神官見習いの少年の足音だけが響いていた。 「こちらでございます。聖神官様のお部屋は」  紫色の絹が神聖な、そしてどこか艶めかしい煌めきを放っている。その(とばり)が開かれると、紫の薄物の絹を纏った一人の青年が怜悧で端正な容貌に仄かな笑みを浮かべて佇んでいた。  その背後には紫色を――この国では戦神の色とされている――基調にした幾重にも重なった寝具のみが置かれていた。 「そなたの望みを先ず申せ」  聖神官の花のような唇が凛とした声を紡いだ。
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