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◇
ポタ、ポタタ、と。間近で雫が地面に滴り落ちる音が聞こえる。鉄錆臭い匂いがした。自分の顔半分が液体で濡れている。生温かい。液体は頬を伝って顎から地面に落ちていく。
周囲で戦っていた石兵と大嶽丸の分身も皆、軒並み動きを止めている。まず、石兵が崩れ去り、そしてもう用済みとでも言うように少年の分身も蜃気楼のように姿を消した。
死を覚悟した。
間近に迫る鬼を見て。今度ばかりは避けられない、と。一歩あとずさり、身構える事しかできなかった。死はこんなにも突然やってくるものなのだと理解した。これまで何年、どれだけ努力を積み重ねた人生を歩もうとも。死はそんな事実を無視して平等に人の生命を無に帰す。走馬灯なんて浮かぶ暇も無かった。気が付いた時には目の前に刃があった。
「な、ぜ」
桃舞は緊張で張り付いた喉から必死に声を絞り出す。荒い呼吸を整えて目の前に立つ女へと向かって。
「ごほっ」
桃舞の前には、彼と向かい合う形で玉が立っていた。その右肩から右胸にかけて巨大な切断面が覗き、真っ赤な鮮血に彩られた剣先が突き出している。桃舞が大嶽丸に切られる寸前、玉は二人の間に割って入り、桃舞を庇ったのだ。
大嶽丸は驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐに無表情に戻ると、そのまま剣を引き抜いた。
「っぁ」
体から力が抜ける。崩れる体を桃舞は咄嗟に抱き留めた。ぐったりとした体は小刻みに震え、その体から血液が流れていく様はまるで人間のようだった。
「よもや、身を挺して人間を庇うとはな。それは貴様らの総意か?」
「……ええ。ですが、その刀の存在は……私達にとっても計算外と……言わざるを得ない」
桃舞の腕の中で、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ玉。傷が深すぎる。すぐに治療しなければ、このまま死んでしまう事は桃舞の頭にもすぐに理解できた。
「お前! なぜ私を庇った!」
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