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「随分遅かったのう。なんぞ準備でもしていたのか?」
「まぁ。アンタに挑むからには色々手を回しておかないとね」
声に、桃舞もやってきた男へ視線を向ける。広場の南、丁度桃舞の十メートル後方にあたる位置に立っていたのは久遠。全身傷だらけだが、その眼光は揺るぎなく、最初に出会った時の彼の印象とは少し異なる。そして、その傍らには彼の式神である美しき少女ヨミ。その冷ややかな視線は、大嶽丸を前にしても何ら変わる事はなかった。そして、鬼を挟んで反対側に立つのは狼だった。その手には大嶽丸の持っていた霊剣がしっかりと握られている。彼の表情からは恐怖を押し殺すような感情が覗いていた。本当はあの強大な鬼に立ち向かう事が恐ろしくて仕方がないのだ。しかし、桃舞が気づけば、今の一瞬で鬼から強大な戦力を奪う事に成功していた。驚嘆の手際だった。狼はホタルと行動を共にしていたはずだが、見当たらない。桃舞が鬼と戦っている間に、彼らは一度合流し、作戦を練ってきたのだ。
(そうか。大嶽丸はホタルさんを一度も視認していない。存在が唯一露見していない彼女なら、鬼の不意を突きやすいかもしれない)
そして、ホタルは大儺儀の最期のピースとなる存在だ。彼女が“方相氏”の鉾を鬼に当てる事さえできれば、儀式は完成し、あの強大な妖を再び地獄へ退散させる事ができる。
だが、そのためには大嶽丸の隙をこの場にいる誰かが引き出さなければならない。桃舞は援護する事は可能だが、玉を抱えながらでは全力での支援は難しい。
「桃舞君」
これからどう動くべきか思案していた少年に対し、法師陰陽師の男は初めて会った時と変わらない掴みどころのない飄々とした態度で声をかけてきた。さっきの強い眼光が嘘のように、その声にはどこか気を和ませる安心感がある。さらに続けて、桃舞に向かって何か小さな小瓶のようなものを投げつけてくる。咄嗟に顔の前で掴む。中には何やらペースト状の物が詰まっているようだ。
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