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「妖の傷を塞ぐ霊軟膏だ。気休めだがそれで玉を」
渡された瓶に改めて注目してしまう。霊軟膏とは、妖を使役する式神使いが用いる秘薬。通常の霊能者が目にする事はほとんどない。桃舞も見るのは初めてだった。だが、そんな事よりも、桃舞は見過ごせない事実に気づいた。思うまま口を開く。
「久遠さん! 貴方、玉さんのこと!?」
そう、桃舞は予め玉が妖だという事実を、彼女自身に悟られずに他の陰陽師に伝えようとは考えていたが、結局は伝えるタイミングを逃していた。にも拘らず、久遠は全てを察しているようだ。
「詳しい事は終わったらだ。桃舞君は玉を連れて下がってくれ。ここは俺達が引き受ける」
そう言うが早いか、大嶽丸の頭上から高水圧の水の槍が襲う。久遠の右腕は既に、腰の瓢箪の栓を抜き放っていた後だった。
大嶽丸はすんでの所で後ろに跳び回避する。まるで長い鞭を振り回すように次々と重ねられてい置く豪雨のような猛攻に、それでもしかし大嶽丸は笑みを浮かべながら言う。
「舐められたものじゃな。この程度で儂を祓えると思っておるのか」
「思ってないわよ安心して」
間近で声。大嶽丸の眼前に、ヨミが迫っていた。早い。先の狼といい、とても目で追える速度では無かった。何か呪による後押しがされているのかもしれない。遠目から見ている桃舞は気づく事はなかったが、至近で目を凝らせば気づけただろう。ヨミや狼の靴の底に僅かな水がまとわりついている原理は氷と同じだ。久遠が彼らの靴底に常に水の膜を張り続ける事で、摩擦係数を減少させ、地面を滑走させる事で高速移動を実現させている。大嶽丸は、反射的に氷で槍を生成し、迫る少女に打ち込む。本来はその一撃で二階建ての住宅程度は半壊するほどの威力を有していたが、至近で被弾したにもかかわらず、少女の口は氷の鉾を飲み込んだ。その威力諸共、消化されてしまったかのように。
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