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センター寄りにサーブを叩き込むと、予想していたかのように難なく返ってくる。
それを左右に振るようにボールを返す。
パーン、パーンとリズム良く続くラリーに、次第に朱莉の方が左右に振られるようになってきた。
緩急を付けられ、右に左に走り回る。
序盤から走りっぱなしの朱莉はすでにバテバテだった。ふくらはぎには乳酸が溜まり、随分と身体が重く感じる。
それでも脳内は次のボールをどう返すべきか、どこに打ち込まれるのか、視線でボールと相手の僅かな動きを追うのに精一杯だった。
「ーーしまっ……!!」
そんなことを考えていたからだろうか。
気づいた時には遅かった。
ラリーに押し負けて、ほんの僅かに浮いたボールに素早くネット際へ詰め寄ってきていた相手がノーバウンドでボールを鋭角に打ち込んだ。
パチパチパチと拍手が聴こえる。
息も絶え絶えな朱莉はぼんやりとボールを目で追いかけた。
「朱莉さん、ナイスファイト!」
ベンチサイドから舞の声が聞こえて、ようやく我に返る。
相手はユニフォームの袖で汗を拭って朱莉を待っていた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
慌ててボールを拾ってネット際へ駆ける。
握手を交わしてボールを手渡すと、ぺこりと頭を下げてベンチに戻って行った。
フェンスに引っ掛けたままのタオルを回収して、ようやくベンチに戻ってきた朱莉に舞は笑顔で迎えてくれた。
その笑顔に応えれなかったのが何だか悔しくて。舞が出るはずだったこのポジションで何と無様な試合をしてしまったのだろう。
朱莉はそう考えて思わず「ごめん」と謝った。
「いいえ、ナイスゲームでした! 諦めずにボールを拾う朱莉さんはかっこよかったです! 結果として負けたとしても、やっぱり朱莉さんは私の憧れです!」
荷物を片付けながら舞の慰めを聞いていたけれど、思わず手をとめて舞を見つめてしまう。
「……私が、憧れ?」
「はい! 私は朱莉さんに憧れて百合丘に来たんです。ジュニアの試合で私はずっと勝てなくて。でも試合が終わったあとにたまたま朱莉さんがやっていた試合を見かけて。
朱莉さんはその時も劣勢でした。だけどどんなボールにも諦めずに食らいつく姿がキラキラ輝いていて、かっこいいな、私もこの人みたいに諦めない人になりたいと思っていたんです」
ラケットバッグを背負って一礼してからコートを出る。
入れ違いにやってきたチームメイトに「あとは頼んだ」とばかりにハイタッチをして送り出す間も、舞は止まらず話し続けていた。
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