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──なぜ、と問うのは野暮だろう。彼女がここにいるのは至極当然とも言える。
しかしながら、営業日にやってくることはもちろん、店舗として活用されるようになってからは訪れることはなかったはずである。
もう一度ため息を零して、厨房の様子を確認しようと歩みを進めた刹那。腰に取り付けられたベルが振動しているのに気づいた。
各テーブルにはスタッフを呼び出せるベルが備え付けられている。基本的には一名、フロアスタッフが常駐しているが、接客中であったり、バックヤードへ注文された品を取りに行ったりしてすぐに対応できない場合にテーブル上のベルをチリン、チリンと鳴らせば、ベル内部に取り付けられたセンサーが反応し、スタッフへと知らされる仕組みとなっていた。
足早にフロアへと戻ると、彼女がソワソワと落ち着きのない様子でこちらを窺っていた。
「お待たせいたしました。御用を伺います」
取り繕った笑顔でテーブル脇に立つと、彼女の友人が申し訳なさそうに口を開いた。
「と……お手洗いに行きたいっす」
「かしこまりました。ご案内いたします」
椅子に手をかけ、タイミングを見計らい椅子を引いた。
「ちょっと行ってくる~」
「うん、行ってらっしゃい」
間延びした口調で一言断りを入れた友人と、手を振り快く送り出した彼女に一礼して先導する。
視界の端で彼女が小さく息を吐き出したのを認め、歩みを止めそうになりながらも、笑顔を貼り付け友人を手洗い所へと案内した。
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