2. お兄さんは悩む

1/1
前へ
/401ページ
次へ

2. お兄さんは悩む

職業、女優。歳は24。名前はミア。 それだけ知っていれば十分だ。 裏を返せば、それしか知らない。 今、国内で人気急上昇中の女優、ミア。 美しい顔立ち、目を惹く天然の琥珀色の瞳、そしてスラリと伸びた手足。 高い演技力にも誰もが羨みの眼差しを送る。まさに全てを手にした高嶺の花だ。 「お兄さん、聞いてる?」 「え…ああ、ごめん。なんだっけ。」 「変なのー。この次は?」 「次はスタジオでポスター撮影。」 「りょーかい。」 昨日のことが嘘のようにミアはニコニコしている。いや、これが普段の姿であっていつも泣いているわけではないんだけど。 なんとなく安心、というかホッとするというか。もっとも彼女は仕事はきっちりするタイプなのでそんな心配はしなくても良いのだけれど。 彼女は雨の日になるととても辛そうに涙を流す。ここ数ヶ月前からよく泣いている姿を見るようになった。原因は本人にも分からないみたいで、病院にも通ってみたりしたけどはっきりと分からず結局謎のまま。 しかしあまりにも辛そうに涙を流すので、なんとか慰めようと言葉をかけてみるけど成功した試しはない。 ただ、ある雨の日、声をかけると彼女は一言、何かを忘れているような気がすると小さな声で呟いた。彼女のマネージャーになってもう5年は経つけど、もちろん記憶喪失だなんてことは一度もなく至って健康である。 やはり精神的な何かであるのだろうか。一応最近は少し仕事をセーブしている。しかしミアは仕事が好きだ。どうもそれが原因のようには思えないし、本人もそう言っている。 過去の話なのか、プライベートでのことなのか。仕事以外は彼女に任せているので深くは聞かないけど、あのように泣かれてしまうと見てるこちらも辛い。 「お兄さんまた難しい顔してる。スケジュール調整そんなに厳しいの?」 「あ、いやちょっと考え事を…」 「ふーん…そういえば少し痩せたんじゃない?よし!今日終わったらご飯食べに行こう。もちろん私のおごりだから安心して!」 車から降りた彼女は緩く巻かれた長い髪をなびかせて、はやくはやく!と僕を急かす。 おごりって、僕の方がいくらか"お兄さん"なんだけどなあと苦笑いをこぼしながら車を降りる。できればそうやっていつも笑顔でいてくれたら悩みなんてすぐ消えるのに。 そんな僕の悩みはつゆ知らず、やっぱり元気を出すにはお肉だよねとミアは楽しそうに焼肉屋の名前をいくつかあげていた。 本当に、僕にも何かできればいいんだけど。 あと当分雨が降らなければいいんだけど。
/401ページ

最初のコメントを投稿しよう!

239人が本棚に入れています
本棚に追加