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6. お兄さんと私
私とお兄さんはとあるマンションの同じ部屋に住んでいる。うちの事務所にはタレントとマネージャーが共同生活するという不思議なルールがあって、私が芸能界に入った5年前から眺めの良い3LDKで寝食を共にしているのだ。
私にとってお兄さんは仕事仲間であり、頼れる本当の兄のようであり、また友達のようでもある。私達の関係を表すにはまさに"信頼"という言葉がぴったり当てはまる。
…そして彼はこう見えて料理がすごく上手。
「それではシェフ、お肉はこの間頂いたから今日はお魚がいいわ。」
「かしこまりましたお嬢様。しばし掛けてお待ちを。」
こんな冗談を混ぜながらも手際よく料理を進めていくお兄さんはとってもかっこいい。
腰に巻かれたエプロンはよく似合うし、捲られた白いシャツから覗く腕はたくましく鍛えられている。カウンターを挟んで頬杖をつきながら彼と会話するのも大切な癒しの時間だ。
「ねえ、また私とお兄さんの熱愛報道出てるよ。"国民的女優、イケメンマネージャーと熱愛か?"だって。」
「これで何回目だ、マスコミも好きだよなほんと。」
「ねー。まあそのうち消えるでしょ。」
そう、今の会話の通りあまりにも私とお兄さんの仲が良すぎて、恋人同士なのではないかとよく報道が流れている。人前でそんなにイチャイチャしたような記憶は無いんだけどな。それ以前にもちろん私たちは恋人同士ではない。
恋愛は今はいいかなと思っている。仕事が楽しいし毎日充実している。なによりもこんなに素敵なお兄さんが真横にいるから、どんなにかっこいい俳優さんと共演しても全く世界はピンク色にならないのだ。
でも彼はどうなんだろう。私のマネージャーになってくれてから5年、浮ついた話は全く聞かないしそんな素振りも見せない。
「お兄さんは結婚とか考えないの?」
「なに、急に。」
「なんか今までお兄さんのそういう話聞いたことないなと思って。」
「気になる?」
「とても。」
真顔で返すとお兄さんはふっと吹き出した。
「そういえばこういう話ミアとはしたことなかったね。」
「話変えようとしたって無駄よ。」
「してないよ。そうだな、結婚かー。今はいいかなって。」
「どうして?」
「そりゃあこんな美人と5年も生活してたら僕の目もおかしくなるよ。」
「なにそれ、お兄さんは私のせいで結婚できないの…!?」
「はは、冗談。ミアと同じじゃないかな、今は仕事が楽しいから。それに男は40代から本番って言うし?」
「そんなの初めて聞いたけど。まあでもお兄さんイケメンだからすぐ結婚できるわ。なんだか心配して損した!」
「…そのうちね。」
出来たよ、お皿とってーと呑気に言うお兄さんは本当にかっこいいのに、なんというか、宝の持ち腐れというか。もったいない。
しかし彼が誰かのものになった時、私はどう思うだろうか。未来の私は違うかもしれないけど今はちょっと嫌だと思った。
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